13. 「コナラの一本木」
 

「なんてカタチの良い木なんだ!」

2001年、2002年であったかは定かではないが、まだ渓流釣りに没頭していた頃。
たまたま釣りの合間に立ち寄った木曽馬の里で出逢った一本の木。

この木がワタシの生き方までも変えることになる。

コナラの一本木との出逢いは、まさに一目惚れだった。
この一本木との出逢いで趣味は釣りから撮影に転じていくことになる。

2004年からデジタル一眼レフを購入し、コナラの木を撮り続けるようになった。
当時はあまりカメラマンも観光客もおらず、この木のもとでいろんな心の会話をした。
悩み、寂しさ、生き方、そういうモノを全て受け入れてくれる癒しの場所であったと思う。

カメラの使い方は無知。
ただコナラの写真をいつでも手軽にパソコンで見たいという思いだけで、
開田村(当時)に通っていたのだが・・・

1枚の写真がさらにワタシを写真の世界、開田高原へ引き込んでしまうことになる。

撮影/佐々木守 氏(6×7判 50mm)


衝撃だった。

佐々木守さんというプロの写真家だろうか。
この写真を見た瞬間、「光」が風景を生かしているということを考えるようになった。
雑誌では御嶽山、コナラ、タンポポの配置や青空について考察されていた。
しかし、ワタシはコナラが浴びる光の美しさ、そして幹に写りこむ枝や葉の影。
その光を生かした撮影術に「写真の中でコナラが生きている!」と感動を覚えた。

よし!自分もマネをしてみよう。最初の一歩だった。


当然同じように撮ることなどできず。
今でも佐々木氏の足もとにも及ばない写真を量産し続けているが、
ビギナーの気持ちに戻りたいとき・・・
この写真を撮ったからこそ今も頑張れる気がしています。


※※※


木曽町によると樹齢は推定200年の老木とのこと。
現在は樹木の栄養分を吸い取る「腐朽菌」の影響などで衰えが目立つ。
2012年に木曽町がようやく治療を開始。
この木に魅せられて開田高原に移り住んだ写真家・二宮和年氏による募金も始まった。

コナラの樹を守るための活動 コナラプロジェクト

一年間、一本の木を見ているだけでも、
季節・気象・時間・温度・湿度・太陽の位置・・・
いろんな要素で光の入り方は変わり様々な命の輝きが見えるようになった。
そういうコトの重要さを教えてもらえた木でもあった。

コナラの木の寿命は推定250年と言われているそうだ。
そう考えると残り約50年。
ワタシは100歳前後になっていると思われる。

まだまだコナラとの旅は始まったばかり。
何百枚と撮ったコナラの写真を見ながら、未来への旅を想像するのが楽しい。


※※※


2007年8月24日。
生涯忘れることのできない、包み込まれるような温かくキレイな夕焼け。

あの時、コナラはこう言った。

「開田高原にはもっと美しい光があります。周ってごらん。」


2008年から開田高原のあちこちを撮るようになった。
そして同じように開田高原を愛する人にも出逢え、
開田高原の女神も見れるようになった。


開田高原のコナラの樹。
カタチの良い木。


体力の続く限り、まだまだコナラとの旅は尽きることはなく、
ワタシの開田高原&木曽路ストーリーは続くのです。



2012年 初記
2015年 コナラプロジェクトのリンク変更



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