2. 「木曽路」
 
2002年8月2日 Fuji FinePix4500で撮影

江戸時代、江戸から京都までの木曽川に沿う道を中山道としていた。
その中で、長野県塩尻市から岐阜県中津川市までを一般的に木曽街道と言ったそうである。現代で言うと国道19号線が木曽街道と言ったところであろうか。
この木曽街道を、写真文集「木曽路」「あのころの木曽路」の著書である沢田正春氏が昭和三十四年に「木曽路」と名付けたらしい。

木曽路には十一の宿場町がある。

・贄川  (にえかわ)
・奈良井 (ならい)
・薮原  (やぶはら)
・宮ノ越 (みやのこし)
・木曽福島(きそふくしま)
・上松  (あげまつ)
・須原  (すはら)
・野尻  (のじり)
・三留野 (みどの)
・妻籠  (つまご)
・馬籠  (まごめ)

いづれも木曽川に沿う形の宿で、それぞれに木曽らしい風情を感じ取れる存在である。


昔の飛脚はこの区間を2日間で走り抜けたそうだ。一般的には十一宿を二〜三泊するので四〜五日の旅であったハズ。
今では贄川〜馬籠まで車で三時間ほどであるが、この街道を走ると何か自分も江戸時代にタイムスリップした感じさえ受けてしまう。

これはきっと山々に囲まれた谷を延々走り続けている為であろう。
佐々木氏の著書(書名失念)で古い木曽谷の本がある。その著書によれば、木の祖、木の故郷、木の産地・・・で木祖。曽は重なるの意味から木が重なる山の豊かさを示して木曽と言う。
木曽では木は水から産まれると言うそうだ。渓があるから木が豊かであり、木が多いから渓は美しい。
山の持つ母性本能が私の母性本能をくすぐるのであろう。
毎週末になると仕事で疲れた身体をいたわることなく、木曽路を走るのである。

2004年 初記



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